ウィグナー・エッカルトの定理の応用

こんにちは。 山師です。

今回は、前回に引き続きウィグナー・エッカルトの定理 (Wigner-Eckart Theorem) について書きたいと思います。 この記事はほとんど自分のための備忘録です。 そのためとても読みづらいかと思いますが、参考になる方が一人でもいればと思い書くことにします。

$$\def\bra#1{\mathinner{\left\langle{#1}\right|}}
\def\ket#1{\mathinner{\left|{#1}\right\rangle}}
\def\braket#1#2{\mathinner{\left\langle{#1}\middle|#2\right\rangle}}
\def\brabraketket#1#2#3{\mathinner{\left\langle{#1}||{#2}||{#3}\right\rangle}}$$

モチベーション

以前、このブログで、ウィグナー・エッカルトの定理が適用できる例として、次のような光反応をあげました。$$\bra{\tau j m} \left( \vec{\alpha} \cdot \vec{\epsilon}_\lambda \right) e^{i \vec{k} \cdot \vec{r}} \ket{\tau’ j’ m’}$$ これは、全角運動量 \(J’\) の状態が、運動量 \(\vec{k}\) 、偏光 \(\vec{\epsilon}_\lambda\) (\(\lambda = \pm 1\) は円偏光を表す) を持つ光子の吸収によって、全角運動量 \(J\) の状態に変化する様子を表しています。 \(\vec{\alpha} = \begin{pmatrix} 0 & \vec{\sigma} \\ \vec{\sigma} & 0 \end{pmatrix}\) はディラックの\(\alpha\)行列です。 この遷移振幅を用いて反応確率や断面積を求めることができるため、これを計算することは重要です。

計算

部分波展開

では、どのようにして計算すればよいでしょうか? まず、天下り式ですが次のように展開します。 $$\vec{\epsilon}_\lambda e^{i \vec{k} \cdot \vec{r}} = \sqrt{2 \pi} \sum_{L=1}^\infty \sum_{M=-L}^{L} i^L \sqrt{2L+1} \left( \vec{A}_{LM}^{(m)} + i \lambda \vec{A}_{LM}^{(e)} \right) D_{M\lambda}^L (\hat{k} \to \hat{z}) $$ ここで、(既約テンソルの意味でなく) 空間の3次元ベクトルに対しては上に矢印をつけています。\(D_{M\lambda}^L (\hat{k} \to \hat{z})\) は座標の回転を表します (ウィグナーのD関数) 。 \(\vec{A}_{LM}^{(m)}\) および \(\vec{A}_{LM}^{(e)}\) の定義は次の通りです。$$ \begin{aligned}\vec{A}_{LM}^{(m)} &= j_L(kr) \vec{T}_{LL}^M \\ \vec{A}_{LM}^{(e)} &= j_{L-1}(kr) \sqrt{\frac{L+1}{2L+1}} \vec{T}_{L,L-1}^M – j_{L+1}(kr) \sqrt{\frac{L}{2L+1}} \vec{T}_{L,L+1}^M \end{aligned} $$ \(j_L(kr)\) は、\(L\)次の球ベッセル関数です。 ここで出てきた $$ \vec{T}_{L \Lambda}^M = \sum_m \braket{\Lambda\,(M-m), 1\,m}{L\,M} Y_{\Lambda(M-m)} \vec{\xi}_m $$ というのが、\(L\) 階の既約テンソルになることが知られています。\(\braket{\Lambda\,(M-m), 1\,m}{L\,M}\) はクレプシュ・ゴルダン係数で、\(Y_{\Lambda(M-m)}\) は球面調和関数、\(\vec{\xi}_m\) は単位ベクトルで、次のように定義されます。 $$\vec{\xi}_m = \begin{cases} -\frac{\hat{x}+i\hat{y}}{\sqrt{2}} & m=+1 \\ \hat{z} & m = 0 \\ \frac{\hat{x}-i\hat{y}}{\sqrt{2}} & m=-1 \end{cases}$$ \(Y_{\Lambda(M-m)}\) は\(\Lambda\)階の、\(\vec{\xi}_m\)は1階の既約テンソルです。

定理の適用

前述の遷移振幅を求めるには、\(\vec{\sigma} \cdot \vec{T}_{L \Lambda}^M\) の行列要素を求めれば良いです。 ここで、\(\vec{\sigma}\) はパウリ行列であり、 $$ \vec{\sigma} \cdot \vec{T}_{L \Lambda}^M = \sum_m \braket{\Lambda\,(M-m), 1\,m}{L\,M} Y_{\Lambda(M-m)} \sigma_m $$ であって、 $$\sigma_m = \begin{cases} -\frac{\sigma_x+i\sigma_y}{\sqrt{2}} & m=+1 \\ \sigma_z & m = 0 \\ \frac{\sigma_x-i\sigma_y}{\sqrt{2}} & m=-1 \end{cases}$$ です。 \(\sigma_m\) は1階の既約テンソルになり、 \(\vec{\sigma} \cdot \vec{T}_{L \Lambda}^M\) は\(L\)階の既約テンソルになります。

実際にウィグナー・エッカルトの定理を適用してみましょう。 $$\bra{jm} \vec{\sigma} \cdot \vec{T}_{L \Lambda}^M \ket{j’ m’} = \frac{1}{\sqrt{2j+1}} \brabraketket{j}{\left( \vec{\sigma} \cdot \vec{T} \right)_{L \Lambda}}{j’} \braket{j’m’LM}{jm}$$ ここで、\(\tau\) や \(\tau’\) は簡単のため省略しました。 換算行列要素の部分はさらに分解することができ、次のようになります[1]Balashov、Grum-Grzhimailo、Kabachnik『Polarization and Correlation Phenomena in Atomic Collisions』p. 211あたりを参照。。 $$\brabraketket{j}{\left( \vec{\sigma} \cdot \vec{T} \right)_{L \Lambda}}{j’} = \sqrt{(2j+1)(2j’+1)(2L+1)} \begin{Bmatrix} l’ & \frac{1}{2} & j’ \\ \Lambda & 1 & L \\ l & \frac{1}{2} & j \end{Bmatrix} \brabraketket{l}{Y_\Lambda}{l’} \brabraketket{\frac{1}{2}}{\sigma}{\frac{1}{2}}$$ さらに計算して、$$\brabraketket{l}{Y_\Lambda}{l’} \brabraketket{\frac{1}{2}}{\sigma}{\frac{1}{2}} = \sqrt{\frac{3(2\Lambda + 1)(2l’+1)}{2 \pi}} \braket{l’ 0, \Lambda 0}{l 0}$$ と求めることができます。 ただし、\(l\)や\(l’\)は軌道角運動量を表します。

何がうれしいか

以上の結果をまとめれば、ウィグナー・エッカルトの定理を用いて、光反応の振幅を比較的簡単に求めることができます。 比較的簡単にというのは、具体的には3つの意味があります。

まず、動径方向の積分と角度方向の計算を分離することができます。 これは大きな効果があります。 なぜなら、地道に3次元積分を計算するのでは \(O(N^3)\) の計算量が必要となるところ、 \(O(N)\) で済むようになるからです。 式の上では \(L\) についての無限和を計算しなければなりませんが、大抵の場合は小さい \(L\) で収束するので有限和でも問題ありません。

次に、角度方向の計算が簡単な代数計算に置き換わります。 真面目にやったのでは角度方向も積分することになりますが、これが\(9j\)記号とクレプシュ・ゴルダン係数で表せるようになります。 したがって、精度よく高速に計算できるようになります。

さらに、前述の事項と関連しますが、光と電子 (あるいは原子核) の状態との角運動量での関係が明確になります。 低エネルギー光子散乱の文脈では、しばしば双極子近似 (dipole approximation) という近似を考えることがあります。 これは、\(L=1\) の成分のみを取り出して遷移を考えるという方法です。 この場合、\(l\)や\(\Lambda\)の取りうる値に制限がつくことになり、許容遷移や禁制遷移といった概念が適用できるようになります[2]Rybicki、Lightman『Radiative Processes in Astrophysics』第10章参照。。 このように、角運動量を基礎として反応を考えるのが容易になるのです。

まとめ

本記事では、具体的な光反応の場合にウィグナー・エッカルトの定理を適用し、その利点を考察しました。 ウィグナー・エッカルトの定理は、初めに見たときは何に使えるのかよくわからないものですが、実際の計算にあっては強力な定理です。 以上の内容は私個人の備忘録の意味合いが強いですが、読んでみて誤りや不明瞭な点があれば、ぜひコメントにてご意見をお聞かせください。

脚注

脚注
1 Balashov、Grum-Grzhimailo、Kabachnik『Polarization and Correlation Phenomena in Atomic Collisions』p. 211あたりを参照。
2 Rybicki、Lightman『Radiative Processes in Astrophysics』第10章参照。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です