こんにちは。 山師です。
最近は研究で忙しく、ブログを更新できていませんでした。 6月も末になり、ようやく時間に余裕ができたので、また物理に関する記事を書こうと思います。 今回は長らくサボっていたウィグナー・エッカルトの定理 (Wigner-Eckart theorem) の証明です。
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\def\bra#1{\mathinner{\left\langle{#1}\right|}}
\def\ket#1{\mathinner{\left|{#1}\right\rangle}}
\def\braket#1#2{\mathinner{\left\langle{#1}\middle|#2\right\rangle}}
\def\brabraketket#1#2#3{\mathinner{\left\langle{#1}||{#2}||{#3}\right\rangle}}
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ウィグナー・エッカルトの定理とは何か
ウィグナー・エッカルトの定理については、以前の記事で書きました。 ここでは、ウィグナー・エッカルトの定理の言っていることを再掲します。
既約テンソル演算子 (irreducible tensor operator) \(T_{kq}\) があったとき、その角運動量についての行列要素は、クレプシュ・ゴルダン係数 (Clebsch-Gordan coefficients) とある定数とを用いて、次のように表すことができます。 $$\bra{\tau J M} T_{kq} \ket{\tau’ J’ M’} = \frac{1}{\sqrt{2J+1}} \brabraketket{\tau J}{T_k}{\tau’ J’} \braket{J’ M’ k q}{J M}$$ ここで、\(\brabraketket{\tau J}{T_k}{\tau’ J’}\) は縮約行列要素 (reduced matrix element) と呼ばれる定数です。 縮約行列要素は、\(M\)、\(M’\)、\(q\)には依存しません。
このように、\(M\)、\(M’\)、\(q\)に依存する部分をすべてクレプシュ・ゴルダン係数に押し込めることができるのが、ウィグナー・エッカルトの定理のもっとも重要な部分です。
仮定
ウィグナー・エッカルトの定理が適用できるためには、\(T_{kq}\) が既約テンソル演算子である必要があります。 ここでは、既約テンソル演算子を次のように定義します。 \(k\)を0以上の整数としたとき、\(k\)階の既約テンソル演算子とは、\(2k+1\) 個の演算子 \(T_{kq}\) (\(q = -k, -k+1, …, k\)) の集まりであって、交換関係 $$\begin{cases}[J_z, T_{kq}] &= \hbar q T_{kq} \\ [J_{\pm}, T_{kq}] &= \hbar \sqrt{k(k+1) – q(q \pm 1)} T_{kq \pm 1}\end{cases}$$ を満たすものをいいます[1]この定義は、Budker、Kimball、DeMille『Atomic Physics』による。。 ただし、\(J_\pm = J_x \pm i J_y\) は昇降演算子です。
証明
それでは、ウィグナー・エッカルトの定理を証明してみましょう。 証明は基本的にはメシア[2]メシア『量子力学』第13章によります。 なお、以下では簡単のため、\(\hbar = 1\) とします。
まず、\((2k+1)(2J+1)\)個のベクトル \(T_{kq} \ket{J M}\) を考えましょう。 いささか天下り式ですが、これらのベクトルの線型結合 \(\ket{A_{J’ M’}}\) を次のように作ってみます。 $$\ket{A_{J’ M’}} = \sum_{Mq} T_{kq} \ket{J M} \braket{J M k q}{J’ M’}$$ クレプシュ・ゴルダン係数の直交関係より $$T_{kq} \ket{J M} = \sum_{J’ M’} \ket{A_{J’ M’}} \braket{J M k q}{J’ M’}$$ が成り立ちます。
さて、\(T_{kq} \ket{J M}\) に角運動量演算子を作用させてみましょう。 まず、\(J_+\) を作用させると、 \begin{align} &J_+ T_{kq} \ket{J M} \\ &= \left[ J_+, T_{kq} \right] \ket{J M} + T_{kq} J_+ \ket{J M} \\ &= \sqrt{k(k+1)-q(q+1)} T_{k(q+1)} \ket{J M} + \sqrt{J(J+1)-M(M+1)} T_{kq} \ket{J (M+1)} \end{align} これより、\begin{align}J_+ \ket{A_{J’ M’}} &= \sum_{Mq} \left[ \sqrt{k(k+1)-q(q+1)} T_{k(q+1)} \ket{J M} \right. \\ & \qquad \quad + \left. \sqrt{J(J+1)-M(M+1)} T_{kq} \ket{J (M+1)} \right] \braket{J M k q}{J’ M’} \\ &= \sum_{Mq} \left[ \sqrt{k(k+1)-(q-1)q)} \braket{J M k (q-1)}{J’ M’} \right. \\ & \qquad \quad + \left. \sqrt{J(J+1)-(M-1)M} \braket{J (M-1) k q}{J’ M’} \right] T_{kq} \ket{J M} \end{align} が得られます。 最後の行では\(q\)および\(M\)を1つずつずらしました。 ここで、かっこ内にクレプシュ・ゴルダン係数に関する漸化式 \begin{align} & \sqrt{j(j+1)-m(m+1)} \braket{j_1 m_1 j_2 m_2}{j (m+1)} \\ & \qquad = \sqrt{j_1(j_1+1) – (m_1-1) m_1} \braket{j_1 (m_1-1) j_2 m_2}{j m} \\ & \qquad \quad + \sqrt{j_2 (j_2 + 1) – (m_2 -1) m_2} \braket{j_1 m_1 j_2 (m_2-1)}{j m}\end{align} を適用すると、\begin{align}J_+ \ket{A_{J’ M’}} &= \sqrt{J’ (J’+1) – M’ (M’+1)} \sum_{M q} \braket{J M k q}{J’ (M’+1)} T_{kq} \ket{J M} \\ &= \sqrt{J’ (J’+1) – M’ (M’+1)} \ket{A_{J’ (M’+1)}} \end{align} が得られます。 同じような計算で、 \begin{align}J_- \ket{A_{J’ M’}} &= \sqrt{J’ (J’+1) – M’ (M’-1)} \ket{A_{J’ (M’-1)}} \\ J_z \ket{A_{J’ M’}} &= M’ \ket{A_{J’ M’}} \end{align} が成り立つことがわかります。
以上の結果から、\(\ket{A_{J’ M’}}\) は角運動量 \((J’, M’)\) を持つ (規格化されていない) 固有関数である (さもなくば恒等的に0である) ことがわかります。 したがって、内積に関して $$ \braket{J” M”}{A_{J’ M’}} = C_k(J”, J’) \delta_{J” J’} \delta_{M” M’}$$ が成り立ちます。 ここで、定数 \(C_k\) は\(M”\)および\(M’\)に依存しません。 もし依存したとするなら、昇降演算子によって\(M’\)を変化させるときに余分な定数が出てくるので、上述の関係式が成り立たなくなってしまいます。 よって、\begin{align} \bra{J” M”} T_{kq} \ket{J M} &= \sum_{J’ M’} C_k(J”, J’) \delta_{J” J’} \delta_{M” M’} \braket{J M k q}{J’ M’} \\ &= C_k(J”, J) \braket{J M k q}{J” M”} \end{align} が成り立ち、$$C_k(J”, J) \sqrt{2J”+1} = \brabraketket{J”}{T_k}{J}$$ を縮約行列要素と呼びます。
まとめ
この記事では、ウィグナー・エッカルトの定理の証明について書きました。 既約テンソル演算子に対しては、クレプシュ・ゴルダン係数の漸化式をうまく使うことができるため、このような美しい定理が成り立ちます。 ウィグナー・エッカルトの応用については、拙ブログの過去記事を参照してください。
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